‡描いた未来‡







02



いつもどおりに屋上で歌っていると、五時が近くなった頃に正面の扉は開かれた。


けれど、昨日とは違い驚きはしない。六道君は今日も来てくれると言っていたから、予め心の準備はできている。


だからこうして扉の方を向いて歌っていたのだし。


「ありがとう、今日も来てくれて。」


そう言ってから、彼の服が昨日とは違い制服であることに気付いた。


昨日は休日の日曜日、今日は平日の月曜日だから当然と言えば当然のことなのだが。


ただ、その制服が酷く見慣れたものであることが分かり、思わず驚いてしまう。


「あれ、その制服ってもしかして黒曜中のだよね?六道君って黒曜中生だったんだ。」


思ったことをそのままに訊いてみると、


「はい、僕は黒曜中の三年生ですが...。それがどうかしましたか?」


今度は逆に、六道君から質問が返ってくる。


それに「何でもない」と答えかけたことで、再びあることに気付いた。


「三年生、ってことは...。嘘、私と同い年!?


六道君大人っぽいから高校生くらいかと思ってた。」


そう、今十四歳の私は、本来なら中学三年生。


だけど、身長が150センチ未満と低いから小学生と間違えられることもあるくらい。


そんな私と、目の前にいる六道君が同学年だなんて。いや、私を比較対象にするのは間違っているかもしれないけれど。


それでも時々来てくれる友人達(もちろん同学年)と比較してもそうは思えない。


だって彼は170、いや、175センチは超えているであろう高い身長に、とてつもなく整っており、尚且つ大人びた顔立ちをしてる。


そもそも女子と男子を比較する時点で間違ってるのかもしれないけれど。


でも、あまりの違いにそのまま驚いて固まってしまったのはどうやら私だけではないようで。


六道君も、さっきから瞬き一つせずこっちを向いたまま静止している。


おそらく彼は、私の方が年下だと思っていたのであろう。


小学生だと思われてなければ良いのだけど...。


と、そこまで考えたところで、年齢ではなく制服の話をしていたことを思い出した。


「私も、病気じゃなかったら今頃黒曜中に通ってた筈なんだよね。


でもさ、小学校を卒業すると同時に入院することになっちゃったから。だから、一回も中学に行ったことないんだ...。


話を強引に元に戻そうかと、そんなことを呟いてみる。


そう、本当なら小学校の頃の友人達に混ざり、黒曜中に通っていた筈。


でも、学校帰りに毎日病院へ通うこと、卒業したらすぐに入院することを条件に小学校へ通わせて貰っていたのだから、こうなることはずっと分かっていた。


だから別に、後悔してたりとかはなくて。


たとえ学校に通ってなくても、こんな私でも会いに来てくれる友達だっている。だから、それで十分だ。


「あ、でも六道君。私のことは気にしなくていいからね。こうなることはもうずっと前から分かってたことなんだから。」


さっきから黙りっぱなしの六道君の方を向いてそう言ってから、ちょっと強引ではあるが作り笑いを浮かべて見る。


後悔はしていなくても、いくら会いに来てくれる友達がいたとしても、やはり普通の中学生に憧れたことは何度だってあるし、残り少なくなった今も憧れている。


「ですが...。」


そう呟いた彼の顔は心なしか曇っていて。もしかして作り笑いに気付かれたのだろうか。


「本当に良いって。毎日じゃないけど、お見舞いに来てくれる友達だっているし。それに...六道君だって、こうして来てくれたから。」


学校に通ってなくたって友達が来てくれることや、六道君も来てくれることは純粋に嬉しい。だから今度は、作り笑いなんかじゃなく、ちゃんと普通に笑えた気がした。


「...明日も、明後日も、その次の日も、僕はまた来ますよ。貴女がここにいる限り。」


返ってきたのはそんな言葉。


本当、昨日から六道君には驚かされてばかり。


元から友達でもない、知り合ってまだ二日のこんな私なんかに、毎日会いに来てくれるなんて。


友人達も、忙しいからと休日だけしか会えないのに。まあ、私の友達は皆家がこの病院と正反対の方向にあるから学校帰りに来るのは大変だし、仕方ないことだけど。


「ありがとう。でも、迷惑じゃない?」


彼の言葉は純粋に嬉しかったけど、でもやっぱり迷惑じゃないか心配で、そう訊き返してしまう。


「大丈夫ですよ。通り道ですし、問題ありません。」


通り道なら、友人達のように遠回りさせて迷惑をかけなくても済む。そう思うとやっぱりほっとして。


「ならよかった。でも、無理はしないでね。忙しい時とかもあると思うし。」


だけど、無理はさせたくないと思ってそんな言葉を口にする。と、六道君の表情が少し曇り始めてきた気がして。


「...六道君、どうしたの?なんか表情が曇ってきたけど。もしかして私何か変なこと言っちゃった??」


思わず、彼の顔を覗き込みながらそんなことを尋ねる。と、


「...いえ、何でもないですよ。」


いつも通りの笑顔に戻った六道君から、一言だけ返ってきた。


とりあえず何でもないということにほっと一息を吐く。すると、


「○○、板チョコを持ってきたのですが...。良かったら食べますか?」


そう言って六道君は、私の目の前にブラックの板チョコを一枚差し出す。


「うん、食べるっ!」


私は頷いて、目の前のそれを受け取った。


元々私は、好きな食べ物を訊かれてチョコレートと即答できるくらいチョコが好きで。


だから、目の前に好物を差し出されて受け取らない訳がなくて。


「でも、よく私の好きな食べ物分かったね。」


ただ、六道君が買ってきてくれたものだから、せっかくだし二人で食べたいと思い、板チョコを割ろうとしたときに、そんなことが頭によぎり、思わず声に出してしまう。


でも、昨日好きな食べ物の話なんてしてないし...。本当にどこで知ったのかな?


「○○も、チョコ、好きなんですか?」


やがて彼から返ってきたのはそんな言葉。その視線は、私と差し出している半分に割った板チョコの片割れとの間を行き来したいた。


「うん。って、もしかして六道君も...!?」


六道君の問いに肯定したところで、“○○も”と訊かれたということは、訊き手である彼も必然的にチョコレートが好きなことを表していることに気付く。


でも俄かに信じられなくって、結局は質問を返してしまった。


「はい。」


呟くように一言だけではあるけれど、すぐに肯定の返事が返ってきたのが嬉しくて、思わず笑ってしまう。


と、それにつられてか走らないけど彼の笑顔もフワリと柔らかくなり。





嗚呼、こんな楽しい時間がいつまでも続けばいいのに―――――


と、願わずにはいられなかった。











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