‡僕等の恋路‡
02
と出逢ったその次の日。
学校が終わってから僕は真っ先に病院へと向かった。
とはいっても学校も病院も同じ黒曜にあるから、そんなに時間はかからないのだが。
そのままクロームの病室へと向かおうと思ったが、通り道で売店を見かけ、何か買っていこうと思い立ち寄った。
まず、クロームの為に麦チョコを1袋。そして、にも何か買っていこうと思うが、よく考えれば彼女の好物なんて知る筈もなくて。
しばらく迷った結果、ブラックの板チョコを1枚手にしていた。
これなら、万が一彼女が食べなかったとしても自分で食べればいいのだし。
そういい訳気味につけてから、その二つを持ってレジへと向かった。
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クロームの病室へ行き、先刻買った麦チョコを渡してから他愛もない会話をして。
それから、看護師さんが入ってきて診察の時間になったことを告げたので、僕はこうして病室を出てきた訳で。
そして昨日と同じように階段を上り屋上を目指す。
時刻はもう5時に近くなっており、彼女はもう病室へ帰ってしまったかとも思ったが、その不安も屋上へ近くなるにつれ鮮明に聞こえてくる歌声によって掻き消された。
やがて辿り着いた屋上のドアを開けると、そこには昨日と同じように彼女が立っていた。
「ありがとう、今日も来てくれて。」
そう言っては嬉しそうに微笑む。が、その直後、彼女は驚いたように目を見開き、
「あれ、その制服ってもしかして黒曜中のだよね?六道君って黒曜中生だったんだ。」
何に驚いたのかと思えば、僕の制服にだったらしい。
「はい、僕は黒曜中の3年生ですが...。それがどうかしましたか?」
「3年生、ってことは...。嘘、私と同い年!?
六道君大人っぽいから高校生くらいかと思ってた。」
彼女は再び目を見開きそういう。
驚いたのは彼女だけではない。表情には出さないようにしていたが、内心では僕も驚いていた。
彼女は同学年の女子生徒達と比較したら明らかに小柄だから、クロームと同じくらいかもうひとつ下かと思っていたのに、まさか同学年だったとは...。
でも、それだったら学校で一度くらい見かけても良いような気もしますが...。
「私も、病気じゃなかったら今頃黒曜中に通ってた筈なんだよね。」
そういうの表情は、心なしか少し寂しげに見える。
「でもさ、小学校を卒業すると同時に入院することになっちゃったから。だから、1回も中学に行ったことないんだ...。」
成程、だから彼女を見たことがないのか。
僕は犬、千種、クロームと一緒に、中学に入学するときにこの黒曜に来たから。だから、中学に1度も来たことのない彼女に会える筈もなく。
そういえば昨日、もう何年も入院していると言っていたが。
小学校を卒業すると同時なら、約2年半もの間ずっとここにいることになる。それなら確かに退屈にもなるだろう。
「あ、でも六道君。私のことは気にしなくていいからね。こうなることはもうずっと前から分かってたことなんだから。」
彼女はそう言って笑うが、やはり作り笑いのようで。
最初に見せたあの笑顔と比べると、どことなくひきつったような笑顔だった。
「ですが...。」
「本当に良いって。毎日じゃないけど、お見舞いに来てくれる友達だっているし。それに...六道君だって、こうして来てくれたから。」
今度の笑顔はちゃんと心から笑えてるみたいで。そんな笑顔を見ると、やはりほっとする。
「...明日も、その次の日も、僕はまた来ますよ。貴女がここにいる限り。」
もう彼女のあの寂しげな笑顔を見たくなくてそんな事を言うと、
「ありがとう。でも、迷惑じゃない?」
彼女は少し心配そうな表情でそう言った。
「大丈夫ですよ。通り道ですし、問題ありません。」
どの道、学校への行き帰りには、嫌でもこの病院に面した大通りを歩いている。だから、遠回りになったりということは全くない。
「ならよかった。でも、無理はしないでね。忙しい時とかもあると思うし。」
やはり彼女は自分のことより他人のことばかり考えているようで。
そんなことを続けているうちにいつか耐えきれなくなり潰れてしまわないか不安になる。
「...六道君、どうしたの?なんか表情が曇ってきたけど。もしかして私何か変なこと言っちゃった??」
暫く黙っていると、が僕の顔を覗きこみながら訊いてきた。
どうやら考え込んでいる内に顔が強張っていったようで。
「...いえ、何でもないですよ。」
彼女の方を向いてそう言い、いつも通りの笑みを浮かべれば、彼女はほっとしたように溜息を吐く。
そこからまた会話が続かなくなり、どうしようかと思ったところで、売店で板チョコを買って来たことを思い出した。
「、板チョコを持ってきたのですが...。良かったら食べますか?」
そう言って板チョコを差し出せば、
「うん、食べるっ!」
彼女は偽りではなく本当の笑顔を浮かべて、それを受け取ってくれた。
「でも、よく私の好きな食べ物分かったね。」
それから、が板チョコを半分に割りながら呟いた声を聞いて、逆に僕が驚いてしまう。
「も、チョコ、好きなんですか?」
が差し出している半分になった板チョコと、彼女の顔を交互に見つめながらそう問うと、
「うん。って、もしかして六道君も...!?」
彼女は一度大きく頷き、それからまた驚いたように目を見開いて質問を返してくる。
「はい。」
返す言葉が見つからなくて、とりあえずそれだけ呟いてみる。
と、彼女は突然に笑い出して。
何が可笑しかったかは分からないけれど、その笑顔がずっと続いて欲しいと、僕は心の中で願った。
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